突撃できず。

ここのところ調子が良い員弁川。
昨日の定休日もちょっとだけ行こうと思っていたのだけれど、
急用のため突撃できず。

というのも…。

前日の、店の営業時間の前にガソリンスタンドに寄って、
給油のついでにタイヤの空気圧をチェックしてもらったところ、
顔なじみの店員さんが、
これはちょっとまずいかも、とおっしゃる。

彼の視線の先には、
サイドに深い傷が入ったタイヤの姿。

あ~あ、やっちまったか。

いつバーストしてもおかしくない、
そんな怖いことをおっしゃるので、
店の営業終了後も恐る恐る運転して、
自宅に帰ってきた。

さて、どうしましょ。
問題があるのは1本だけ。
残りの3本はまだまだ山が残っている。

でも1本だけ変えるとバランスが崩れるというし…。

というわけで定休日の昨日は、
朝からタイヤの情報探し。

1本だけ新品にするか、
それとも中古でいいので山が残っていそうなのを探して、
2本だけ変えるか…。

あれこれと考えてから後者に決めて、
近所の太平タイヤセンターに行って、
2本だけ交換してもらった。

太平タイヤセンターさんはとても丁寧で、
押し売りすることもなく、好感が持てます。

ただ、丁寧に説明してくれるので、
その分、時間がかかります。

結局、出そびれてしまったので、
今回は突撃見送りとなりました。

ところで、
何故タイヤに裂け目が入ったかというと、
実は2~3日前の夜間に、近所のコンビニに行ったところ、
暗くて見難かったため、うっかり縁石に乗ってしまった。

それほどきつい衝撃ではなかったので、
たいしたことはないと確認しなかったのだけど、
まさか裂け目が入っているとは…。

若い頃には目も達者で、
縁石に乗り上げるなんてこと、一度もなかったのに、
だんだん目も疎くなって、反射神経も鈍ってくると、
これからもこんなことがあるかもね。
気をつけなくてはいけないなぁと思う次第。

皆様もどうぞお気をつけくださいね。



「仙」という字は「誰も知らない世界」を意味するとか。

今朝(1/08)の中日新聞の25面には、

「寝たきり社長」の抱く夢

というコラムがあって、

愛知県東海市でホームページ制作などを手掛ける、
佐藤仙務社長のご奮闘を取り上げてありました。

佐藤社長は小さい頃に、
「脊髄性筋萎縮症」と診断され、
筋肉が動かせず、ほとんど寝たきりだそうだ。

それでも絶望することなく、
19歳の時に会社を立ち上げられて、
今に至るそうですが、

”立派だなぁ、
もし道具屋おやじが寝たきりになったら、
きっと絶望して何もできないだろうなぁ”

などと思いながら、紙面を読んでおりました。

ちなみに佐藤社長の会社名は、
「株式会社仙拓」ですが、
この名前は、
一緒に会社を作った方の名前を一字づつとって、
お付けになったとのことですが、

後で調べたところ、
「仙」という字には、
「誰も知らない世界」という意味があるそうで、
会社の名前も、
「誰も知らない世界を拓く」という、
素晴らしい意味合いを持つ社名になったそうです。

「仙拓」=誰も知らない世界を切り拓くって、
本当に凄いことですね、
ぜひ頑張っていただきたいものです。





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ところで「仙」といえば、
先日(1/4)旅立たれた
星野仙一(享年70歳)さんにも、
お名前に「仙」の文字がありますね。

中日ドラゴンズのファンを、
大いに沸かせた星野仙一さんも、

闘将として、
確かに「誰も知らない世界」を
大きく切り拓かれたことでしょう。

星野仙一さんは、
母子家庭でお育ちになった、
との記事を読んだことがありますが、

星野さんのお母さんは、
家族を支えるために、
朝の3時から夜遅くまで働いて
おられたとのこと。
本当にご立派だなぁ、
とても真似のできないことだなぁ、
などと、思わず目頭が熱くなってしまいます。

苦労された星野仙一さんのお母さんと、
またご本人のご苦労が忍ばれますね。

さて翻ってわが身、
誰も知らない世界を切り拓くことなど、
到底できませんが、
こんないい話を皆さんにお伝えすることは
できますので、
それで良しとしましょう。




唯一生き残るのは、変化できる者である。

ダーウィンのことばに

 ”最も強い者が生き残るのではなく、

 最も賢い者が生き延びるのでもない。

 唯一生き残るのは、変化できる者である。”

というのがありますが、

かっての恐竜のように、
世界を支配する絶対的王者でも、
環境が変化すれば生き残れない。
生き残れるものは、
環境にあわせて変化できる物だけ
そんな意味あいのようです。

ところで、
1/1の中日新聞の39面には、
今年から始まった新しいコラムに、

”ももとせ物語”

というのがあって、
その第一号は桑名の柿安さんでした。

 柿安に興味のある方はこちら

柿安は、
牛肉、レストラン、惣菜などで有名ですが、
もともとは”柿の安っさ”と呼ばれた、
赤塚安次郎さんが柿の行商をしておられて、

ある日、
東京で牛鍋やさんが繁盛しているのを聞いて、
実際に上京してその味を確かめ、
桑名で牛鍋屋を始めたとのこと。

屋号は”柿安”で、
ずいぶん繁盛して現在にいたるそうですが、
柿の行商から牛鍋屋さんに転じたあたり、

”変化できるものだけが生き残れる”
というダーウィンの言葉を、
彷彿とさせますね。





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ただ柿安さんもすべてが順調というわけでもなく、
狂牛病の文字がメディアを賑わせた2001年には、
もともと柿安さんは、
牛肉で事業を発展させてきたお店ですので、
相当に苦しかったとか。

ただその時も手をこまねいて見ているのではなく、
レストラン部門の大半を閉鎖して、
デパ地下に代表される惣菜部門に資本と尽力を
集中したとのこと。

これによって1年ほどで業績を回復したそうで、
やはりここでも、
変わらなければ生き残れないことが、
よく分かります。

でもねぇ~

変わらなければ生き残れないって、
言うのは簡単ですが、なかなか実行が伴わないもの。
第一、どうやって変わったらいいのか、
凡人の道具屋オヤジにはいい知恵がまったく浮かびません。

けれどもそれだけじゃ新しい波は起こせませんので、
せめて毎日の徒然のなかで、
なにかきっかけがないか、
アンテナを広くするだけでも、
変化に繋げることができるかもしれませんね。

革命が成功したものが伝統になる、
などと誰かが言っていた、かな?