名古屋港のオカッパリでカサゴゲット、おめでとう!2018/01/14

シーマスター殿、
名古屋港のオカッパリでカサゴゲット、
おめでとう!

名古屋港 オカッパリ カサゴゲット
名古屋港 オカッパリ カサゴゲット

今回はなかなか渋い状況とのことでしたが、
同行されたお父さんは餌釣りで6匹の釣果。

ということは、
まだまだ大丈夫ですね。

皆さんも寒さに負けず、
ぜひ名古屋港のオカッパリに突撃してくださいね。

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釣り場:名古屋港オカッパリ
釣行日:2018/01/14

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-節分と豆まきの由来-

もうすぐ節分ですね。
子供さんがおられるご家庭では、
「鬼は外!福は内!」と豆まきをされる方も多いことでしょう。

さて小さな子供さんから、「どうして豆まきをするの?」
って聞かれて困ったことはありませんか?

いきなり豆まきの由来などを聞かれますと、
返答に困ってしまいますよね。

そこで今回は、節分と豆まきの由来について
ご紹介申しあげましょう。




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-節分と豆まきの由来-

節分は「季節を分ける」という意味で「節分」となります。
本来、節分は立春・立夏・立秋・立冬の前日を言うのですが、
特に立春が重要で、1年の初めと考えることから
春の節分が最も重視されており、
一般的には、節分と言えば春の節分を指すものとなっています。

立春を新年と考えれば、節分は大晦日に相当するため、
前年の邪気を、大晦日で全て祓ってしまうための、
追儺(ついな)の行事が行われます。
その行事の代表が「豆まき」です。

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では、なぜ節分に豆をまくのでしょう?

豆まきの習慣は、古くは室町時代に始まったもので、
中国から伝わった追儺(ついな)の儀式に由来すると
言われています。

追儺は鬼やらいとも言い、疫病や災害を追い払う行事で、
中国では秦の時代といいますから、紀元前3世紀ごろには
すでに行われていました。
疫病や災害は鬼にたとえられ、桃の弓や葦の矢、
また戈と盾とで追い返すことが、追儺の儀式でした。

それが日本に伝わって、平安時代の宮中で邪気を祓うための、
豆打ちという儀式が合わさって、豆まきとなったのが
由来とされております。

さて、この豆まきですが、
日本では次のような民間信仰が次第に定着したもので、
冬の寒さや邪気を払い、来る新年が病や災いに見舞われることなく、
つつがなく過ごせるようにとの願いが込められています。

日本の豆まきの伝承-1
むかし京都の鞍馬の山奥に、住民を苦しめる鬼が住んでいました。
あるとき、困っている人々の前に毘沙門天が現れ、
「7人の賢者に3石3斗(600リットル)の大豆で鬼の目を打て」
と命じて、見事に鬼退治をしたという話が伝わっています。
鬼の目を打つので、魔目(まめ)を打つから、豆打ちとも。
魔の目(魔目=まめ)に豆を投げつけて、
魔を滅する(魔滅=まめ)に通じるということです。

日本の豆まきの伝承-2
むかし佐渡島に、集落の人に害を与える鬼が住んでいました。
そこへ神様が鬼退治にやって来て鬼と賭けをしました。
「今夜中に金北山に100段の石段を造ったら鬼の勝ちだ」
鬼は夜の間に石段を99段まで築いてしまったので、
このままだと神様の負け。

そこで神様は一計を案じて鶏の鳴き声をあげると、
それを真似た集落の鶏たちが、一斉に鳴き声をあげました。
すると鬼は朝になったと思い、神様に負けを認めました。
けれども鬼は、あと残り1段というところで負けたことを
悔しがって、
「豆の芽のころまた来るぞ」と言って逃げて行きました。
そこで神様は豆の芽が出ないように、人々に豆を煎るようにと
言ったとのことです。

皆様もぜひ今年はご家庭で豆まきを楽しんでくださいね。

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